社員一人ひとりと真剣に向きあい、情熱と論理を伝えよ ~株式会社佐田 代表取締役社長 佐田 展隆さん インタビュー前編~

紳士服業界に新風を巻き起こし、急速な多店舗展開を進める株式会社佐田。製販一体のビジネスモデルを武器に、19,800円から本格オーダースーツを提供しています。創業94年をむかえる同社も、以前は深刻な経営危機におちいっていました。そんな存亡のピンチから事業を再建した立役者こそ、4代目社長の佐田展隆さんです。インタビュー前編では、若くして事業を受け継いだ理由、社内改革の内容などについて話を聞きました。

【Profile】
佐田 展隆(さだ のぶたか)

株式会社佐田 代表取締役社長
1974年、東京都生まれ。1999年に一橋大学を卒業後、東レ株式会社に入社。2003年に父の要請を受け、株式会社佐田に入社。営業改革の陣頭指揮をとり、破綻寸前の会社を立て直す。2005年、代表取締役に就任。2007年、金融機関の債権放棄を条件に会社を再生ファンドに売却。父と共に経営から退いた後、私的再生を実施したのが2007年、引継ぎを終え、私が経営から退いたのは2008年です。コンサルティング会社に勤務。2011年、当時のオーナーから依頼され、株式会社佐田に復帰。2012年、代表取締役に就任。製造卸を軸にしたビジネスモデルを転換し、オーダースーツの小売に注力。会社を再び成長軌道に乗せ、現在は直販店「オーダースーツSADA」を43店舗運営している。

■29歳で25億円の債務を連帯保証。追加融資で起死回生の一手を

―佐田さんは29歳で一部上場企業から転職し、父親が経営する株式会社佐田に入っています。しかし、当時の御社は経営危機におちいっていました。なぜ、火中の栗を拾ったのですか?

佐田さん:「お前が帰ってきてくれないと、会社が倒産する―」。そう父に口説かれたからです。とはいえ、すぐに再建をまかされたわけではありません。長男の私はお金を借りるための“人質”。後継者を明確にしないと、金融機関から追加融資を受けられない状況だったんです。

だから、最初の仕事は連帯保証契約ですよ。あらゆる金融機関の契約書や借用書にサインをさせられ、総額25億円もの債務を背負うことになりました。当時は営業赤字だったので、返せる見込みなんてない。父には「オレの人生を終わらせやがって!」と恨み節をぶつけていました。

―その後、営業部の改革に取り組んだそうですね。

佐田さん:親子ゲンカを続けても事態は好転しません。そこで私が陣頭指揮をとり、御用聞き営業から提案営業への転換をはかりました。具体的には、北京工場で作ったオーダースーツの提案。これこそ、父が描いていた起死回生の一手です。

既存取引をコスト競争力の高い北京製品に切り替えれば、経営危機を乗り越えられるかもしれない。金融機関から追加融資を受けた目的も、北京工場を移転・拡大して主力工場に増強するためでした。

■会議、面談、同行、電話…。営業職に危機感を抱かせるために

―改革は順調に進みましたか?

佐田さん:いえ、長年しみついた感覚を変えるのは苦労しましたね。バブル経済のころ、当社はそごうの下請け工場でした。2000年に同社が倒産して売上の半分が消失しても、なかなか営業部の体質は変わりません。赤字受注を積み重ね、債務をふくらませている状態でした。その後、2003年に私が呼ばれたのです。

当時の営業会議はひどい内容でした。取引先の反応と“できない理由”ばかりが報告され、予算未達成のオンパレード。提案営業はもちろん、「新規開拓」という概念すらありません。本当に営業会議なのかと目を疑いましたよ。ですから、なによりも危機感を抱かせる必要がありました。

―具体的な取り組みを教えてください。

佐田さん:まず一人ひとりの営業マンと毎週1回以上は面談しました。当社の危機的状況を伝え、提案営業や新規開拓の重要性を熱く訴えたんです。景気さえ上向けば…といった、甘っちょろい状況じゃない。当時は国内3工場のうち2つを閉鎖して、多くの従業員を解雇した後。いつ潰れてもおかしくないわけです。

だから、危機感の弱い営業マンに対しては、毎日のように電話をしたり、営業に同行したりしました。もう死にもの狂いです。父くらいの年齢の古参社員に対しても手加減はありません。「中国製のオーダースーツなんていらない」という取引先に「ですよねぇ」とひっこめたら、再訪問を指示。しっかりメリットを説明し、それでもダメなら既存製品の値上げ交渉をしてもらいました。

くわえて、営業指標を着数(売上)から粗利に変えました。経営意識をもたせて、粗利率の大きな北京製品を売ってもらうためです。

■先代と信頼関係を築き、改革から2年弱で営業赤字を脱却

―いつごろに改革の成果が出ましたか?

佐田さん:2年ほど経ったころですね。少しずつ提案営業の意識が浸透し、2005年7月末決算で経常赤字を脱却しました。その一方、会社の方針に反する社員は会社を去っていきました。お客さんを連れて辞めた営業幹部もいましたが、中途半端に引きとめていたら、現在の当社はなかったでしょう。

―佐田さんのように、事業を承継して再建に取り組む経営者もいます。ご自身の経験をふまえて、アドバイスを聞かせてください。

佐田さん:ポイントは3つあります。

1つめは、先代と信頼関係を築くこと。遠慮せずに意見をぶつけあった後、互いに手をとりあってください。私も父のアドバイスを尊重しつつ、どうしても譲れないところは筋を通してきました。だから、古参社員から「若社長がご乱心です」という意見が父に寄せられても、私の味方になって一蹴してくれたんです。

2つめは、一人ひとりの社員と真剣に向きあうこと。私はすべての営業マンと何度も面談し、必死の思いで危機意識を植えつけました。北京工場も危機感がないので、腕利きの仙台工場長を説得して赴任してもらいました。こういった際に重要なのは、情熱と論理の両方です。「この状況だから、こうする必要がある」というロジックをしっかり説明してください。

3つめは、明るいビジョンを示すこと。私は父が描いたビジョンを具体化する役割でした。たとえば、北京製品の品質を改善して、改革の成功ストーリーを信じてもらえるように。ひと筋の光を照らせば、それに向かって人は動くはずです。

――インタビュー後編では、同社の人事施策にフォーカス。企業文化に根ざした働き方改革、人事評価制度を刷新した理由などを聞きました。次回もお楽しみに。

 

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