社会保険事務所とは?廃止の原因、年金記録の問題、年金事務所の取り組みを紹介

国民年金・厚生年金の制度について理解を深めるために、「社会保険事務所」について知っておくことは重要です。社会保険事務所は現在は存在しない組織ですが、日本の年金制度の歴史を語るうえで欠かせないキーワードだといえます。

本記事では、社会保険事務所が廃止されたきっかけとなった「年金記録問題」や、後進組織である「年金事務所」についてまとめています。

社会保険事務所とは

社会保険事務所は、現在の「年金事務所」の前身組織です。社会保険事務所は、かつて存在した「社会保険庁」の機関として、健康保険や厚生年金保険などの社会保険を取り扱っていました。

その後いわゆる「年金記録問題」がきっかけとなり、社会保険庁が廃止。社会保険事務所も存在しなくなり、代わって発足した「日本年金機構」の窓口である年金事務所に、その業務が引き継がれることになりました。

年金記録問題について詳しくは、下記の「社会保険事務所の年金記録の大きな3つの問題点」をご参照ください。

社会保険事務所は何をするところなのか

社会保険事務所は、社会保険についての手続きを扱う事務所として存在していました。管轄していたのは、健康保険(旧政府管掌健康保険)と、船員保険、厚生年金・国民年金です。

これら社会保険の「届書の審査」や「保険料の徴収」「保険給付の支給」などに関する業務を社会保険事務所が管轄していました。

社会保険事務所はなぜ廃止になったのか

社会保険事務所が廃止されたきっかけは、平成19年以降に大きなニュースとなった「年金記録問題」です。

年金記録問題とは、約5,095万件もの基礎年金番号に統合されていない「持ち主不明」の年金記録が存在していたという問題です。

年金記録は、従来「紙の台帳」によって管理されていましたが、それをオンラインシステムによる管理へと移行する作業が行われていました。その過程で、データの移行が正確に行われなかったり、基礎年金番号と正しく結び付けられなかったりなどの問題が発生しました。

年金記録に問題があると、「本来受け取れるはずの年金」を受給できない人が発生することになりかねません。これが年金記録問題です。

年金記録問題の原因は社会保険庁の組織体制などにあるとして、社会保険庁および社会保険事務所は廃止されました。

社会保険事務所の年金記録の大きな3つの問題点

社会保険事務所の年金記録について、具体的にどのような点が問題だったのでしょうか。

問題点としてよく挙げられる以下の3つのキーワードがあります。

  • 宙に浮いた年金記録
  • 消えた年金記録
  • 消された年金記録

それぞれ何を意味するのか、以下に詳しく解説します。

宙に浮いた年金記録

問題点の一つは、「宙に浮いた年金記録」が発生したことです。

宙に浮いた年金記録とは、基礎年金番号と紐づけされていない年金記録のこと。年金記録そのものは存在するものの、誰が支払ったのかが不明になっているケースです。

現在は基礎年金番号と呼ばれる「個人ごとに固有の年金番号」があり、結婚や転職などで年金の種類が変わっても年金番号が変わることはありませんが、以前は年金の種類ごとに別々の年金番号が存在していました。

その後、基礎年金番号が導入され、年金番号を個人ごとに統合する作業が行われましたが、その過程で基礎年金番号と適切に紐づけされていない年金記録が発生しました。

基礎年金番号との紐づけができていないと、将来受け取る年金の金額が減ったり、場合によっては全く受け取れなくなってしまう可能性もあります。これが「宙に浮いた年金記録」の問題です。

消えた年金記録

さらに「消えた年金記録」という問題もありました。

消えた年金記録とは、年金記録そのものが消えているケースです。給与明細や領収書など保険料を支払った証拠はあるものの、国の年金記録としては存在していない状態のことです。年金記録が消えたままでは、将来年金を受け取ることができなくなってしまいます。

この問題も、新しい基礎年金番号への移行の過程で、入力ミスなどが発生したことが原因とされています。

消された年金記録

もう一つ、「消された年金記録」と呼ばれる問題も発生しました。

消えた年金記録と同様、国の年金記録そのものが存在しないケースのことですが、違いは「意図的」に改ざんされたことです。

具体的には、受け取れる年金額に影響する「標準報酬月額」や「加入期間」について、時期をさかのぼって改ざんを行う「遡及訂正」と呼ばれる行為があったことが報告されています。

「標準報酬月額」や「加入期間」が改ざんされると、将来受け取る年金額が減ることになりかねません。意図的に行われたこのような問題の原因は、組織体制や職員の意識にあるとして、さまざまな調査や懲戒処分などの対応が行われました。

社会保険事務所が問題を起こした3つの原因

「年金記録問題発生の根本にある問題」として、厚生労働省の発表した資料「平成22年版 厚生労働白書」には以下の3つが挙げられています。

  • 組織体制・基本姿勢に問題があった
  • 裁定時主義が浸透していた
  • オンライン化に反対する動きがあった

これら3つの原因について、同資料で説明されている内容を以下に分かりやすく解説します。

組織体制・基本姿勢に問題があった

一つの原因は、厚生労働省と社会保険庁に、組織的な問題点があったことです。

組織的な問題点の一つとして、年金記録の正確を確保することに対する「認識の欠如」が挙げられています。つまり年金記録に誤りがあることを漠然と認識していたにもかかわらず、改善の対応をしていなかったということです。

組織的な問題点としてもう一つ「三層構造」も挙げられています。社会保険庁の三層構造とは、厚生労働本省採用の「I種職員」と、本庁採用の「II種・III種職員」、地方採用の「II種・III種職員」の3つのグループが存在している状態のことです。前述の資料では、3つのグループが「連携性・一体性を欠いたまま存在」していたと指摘しています。

その結果、「上からの指揮命令」「下からの報告」が適切に行われず、「内部監査」の体制も機能しにくい状況になっていたとのことです。

裁定時主義が浸透していた

年金記録問題発生の原因として挙げられているもう一つの点は、「裁定時主義」が浸透していたことです。

裁定時主義とは、将来的に「保険料の支給を申請する際(裁定時)に間違いを修正すればよい」という考え方のこと。

同資料によると、当時の厚生省は「記録事項全部を検査することは、非常に困難であるので、将来、保険給付の発生に際して再計算し、保険給付の裁定の確実を期することとしたい」と回答しているとしています。

このような裁定主義が浸透していた結果、年金記録に間違いが見つかっても、問題がそのまま放置されてしまったのです。

オンライン化に反対する動きがあった

同資料では「オンライン化に反対する動き」があったことも、年金記録問題発生の要因の一つになったとしています。

昭和50年代前半のオンライン化計画などについて、「人員削減反対」「中央集権化反対」などの理由から、自治労国費評議会が強く抵抗した状況があったようです。

その結果、組織内が「迅速な意思決定ができるような体制」になっておらず、問題の解決を適切に進めにくい状況を引き起こしたとされています。

社会保険事務所の後身である年金事務所とは

年金事務所は、社会保険庁の問題点を解決するために設立された「日本年金機構」の対応窓口です。令和4年1月現在で全国312カ所の年金事務所があります。

年金事務所は社会保険事務所の後身組織として、国民年金や厚生年金、国民健康保険の手続きを扱っています。

年金記録問題では「役所文化」と呼ばれる、国民目線からはずれた組織体制が問題視されていましたが、一般日本年金機構は「非公務員型の公法人」つまり特殊法人です。

年金事務所は「本当の意味でのサービス機関」を目指して、職員の採用方法の改善など、さまざまな取り組みを行っています。

社会保険事務所から年金事務所へ移ってからの取り組み

社会保険事務所が廃止され、その業務が日本年金機構の年金事務所に移行した後は、問題点を改善するために、どのような取り組みが行われたのでしょうか。

この点についても「平成22年版 厚生労働白書」に挙げられている主な3つの取り組みを、以下に解説します。

組織体制の改善

基本的な取り組みの一つは、組織体制の改善です。

改善点の一つは「内部統制・監査・法令遵守の担当部門」を設置することによるガバナンスの確立です。

また十分なIT体制を確立するため、ITについての国の関与を最小限とし、ITシステムの開発・管理・運用を日本年金機構が中心となって行うこととしています。

業務の適切な外部委託の推進

外部委託を推進することも、取り組みの一つとして挙げられています。

業務の見直しをする方法の一つとして、「業務効率化・ コスト削減・国民サービス向上」に資する業務については、外部委託を積極的に行うことが推奨されました。例えば「各種届出、申請書などの処理業務」や、「電話照会等対応業務」などの業務の外部委託です。

その業務についての優れたノウハウを有する専門業者に業務を委託することで、効率化や作業品質の向上が図られました。

職員の採用方法の改善

職員の採用方法についても、改善の取り組みを行っています。

改善点の一つは、厳正な採用審査のため、職員採用の面接担当者を全て「民間出身者」としたことです。

さらに年金記録問題の原因となった「三層構造」を改善するため、従来の「本庁と地方庁で別々に採用を行う」という方法を廃止し、「本部での一括採用」という方法を取り入れています。

職員の意識改革・サービス向上

日本年金機構および年金事務所では、基本的な取り組みとして、職員の「意識改革」を行っています。

日本年金機構が「本当の意味でのサービス機関」になるために、国民を「お客様」ととらえ、質の高いサービスを提供するための取り組みです。

例えば、「わかりやすい言葉で、ていねいにご説明します」「電話は 3コール以内に出ます」といった目標を「お客様へのお約束10か条」として掲げ、職員全員がそれを守るよう徹底しています。

年金事務所の年金記録問題への対応

年金事務所では、年金記録問題を解決するため、どのような対応をしてきたのでしょうか。主な対応は以下の5つです。

  • 年金記録の統合・突き合わせ
  • 年金記録確認第三者委員会の設立
  • 不適正な処理についての調査・記録の回復
  • ねんきん定期便の送付
  • ねんきんネットの導入

各対応の詳細を以下に解説します。

年金記録の統合・突き合わせ

日本年金機構では「宙に浮いた年金」や「消えた年金」などの問題を解決するため、年金記録を基礎年金番号に統合する作業を進めています。

年金記録の漏れや間違いを確認・回答してもらう「ねんきん特別便」の送付や、のコンピュータ記録と紙台帳などの「突き合わせ」作業を実施。65歳以上で、保険料納付期間が不足しているなどの理由から年金受給の資格がない「無年金者」に対しても、本当に受給資格がないのかを確認する作業が行われました。 

日本年金機構の報告によると現在でも記録の統合作業は完了しておらず、判明した約5,095万件の持ち主不明の年金記録のうち、約1,745万件は不明のままとなっています。(令和4年9月時点)

年金記録確認第三者委員会の設立

さらに年金記録の回復を促進するための取組みとして、「年金記録確認第三者委員会」が設立されました。

「年金記録確認第三者委員会」とは、法曹関係者や社会保険労務士、税理士などからなる機関です。年金記録についての国民からの異議申し立てを受付し、年金記録の訂正のために必要な調査を行う役割を担います。

「年金記録確認第三者委員会」への申し立ては、年金事務所の窓口で行うことが可能です。

また一定の条件を満たす場合には、「年金記録確認第三者委員会」を通さなくても年金事務所側で年金記録を回復できるとして、迅速な問題解決を進めています。

不適正な処理についての調査

さらに「消された年金」などの問題を解決するため、不適正な処理について、その原因や実態の調査を実施しました。

不適正な「遡及訂正」の処理が行われた可能性がある記録について、戸別訪問などによる調査を実施。不適正な遡及訂正処理を行った担当者に対しては、戒告などの必要な処分を行っています。

不適正な「遡及訂正」の処理に関係する年金記録の回復については、一定の条件を満たす場合、前述の「年金記録確認第三者委員会」を通さなくてもよいとして、迅速に回復できるよう対応しています。

ねんきん定期便の送付

また国民が自身の年金記録を確認しやすい仕組みを構築する対応も実施しています。その一つが「ねんきん定期便」の送付です。

ねんきん定期便とは、国民年金・厚生年金の全ての現役加入者に対して毎年の誕生月に送付される郵便物です。ねんきん定期便には、保険料納付の実績や将来の年金給付額が記載されていて、自身の年金記録が適切に処理されているかを分かりやすく確認できます。

また「ねんきん定期便」が適切に機能するよう、広報活動を通して国民への周知を徹底し、専用ダイヤルを設けて電話相談にも応じています。

ねんきんネットの導入

また国民が自身で年金記録を確認できるもう一つの仕組みとして、インターネット経由で年金記録を確認できる「ねんきんネット」を導入しています。

ねんきんネットは、日本年金機構が運営するオンラインシステムです。パソコンやスマートフォンからアクセスでき、24時間いつでも自身の年金記録の確認ができます。探したい年金記録の氏名・生年月日・性別を入力することで「持ち主不明」の年金記録を検索することも可能です。

ねんきんネットでは、将来受け取れる年金見込額の「試算」ができるなど、便利な機能が多くあります。

ねんきんネットの利用登録は「マイナポータル」から行うことが可能です。利用するにはマイナンバーカードを作成する必要があります。

社会保険事務所の反省を生かした取り組みに期待

社会保険事務所は、現在の年金事務所の前身組織です。

年金記録問題によって社会保険事務所は廃止されましたが、その後進となる年金事務所は、反省を生かしたさまざまな取り組みを行っています。

年金記録問題を解決するための「ねんきん定期便」などの取り組みを徹底しているだけでなく、質の高いサービスを提供するための組織体制の改善・維持にも力を入れている団体です。

年金記録問題は、現在でも完全に解決したわけではありませんが、今後の徹底した年金事務所の取り組みに期待できるといえます。

参考文献:日本年金機構「年金記録問題とは?」
厚生労働省「平成22年版 厚生労働白書」
日本年金機構「日本年金機構組織図」
厚生労働省「年金記録問題に関する無年金者の方々へのお知らせに係るご協力のお願い及び事前調査の実施について(協力依頼)」
内閣府「「ねんきんネット」でいつでも最新の年金記録が確認できます!」

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