人的資本情報開示とは?義務化の対象企業や19の開示項目を解説

近年、ますます注目を集める「人的資本経営」。人材は企業の価値向上のために欠かせない要素であるとし、従業員の能力を最大限引き出すためにも企業努力が必要とされています。また、2022年8月には人的資本の情報開示における指針が政府から公表されるなど、企業に対しても情報開示が求められる動きです。

本記事では、人的資本情報開示の重要性や世界と日本の動向、人的資本情報開示の義務化対象となる企業、19の開示項目などについて詳しく解説します。

人的資本とは?

人的資本とは、知識やスキル、能力などを活かして付加価値を生み出す「人」を資本とみなす考え方です。企業は人的資本という無形資産に投資することで、持続的に成長できると考えられています。

人的資本情報開示とは、社内の人的資本情報を社外に公開すること。日本でも2023年から大手上場企業4,000社を中心に、人的資源の情報開示が義務化されます。

人的資源との違い 

人的資本と似た言葉に「人的資源」があります。これは人を資源とみなし、なるべく効率良く消費するという考え方です。

人的資源にかかる費用はコストと捉えられるのに対し、人的資本にかかる費用は投資とみなされ、各人の能力やスキルが伸びればその分価値が生まれると考えられています。

人的資本経営とは

人的資本経営とは、人的資本の考え方をベースに、中長期的な企業価値向上につなげる経営を指します。経済産業省は国内の企業に対しさまざまな取り組みの公表、コンソーシアムの立ち上げなどを行い、人的資本経営を積極的に推進しています。

人的資本の情報開示が重要性を増している理由

ここからは、人的資本の情報開示が重要性を増している理由を4つ紹介します。

ESGが企業価値に影響を及ぼす

ESGとは「Environment(環境)」「Social(社会)」「Governance(企業統治)」の頭文字を合わせた言葉です。これら3つに着目することで、企業が長期的に成長できると考えられています。

例えば、ESG投資とは社会問題や環境問題、企業統治に配慮している企業を選んで投資することを指します。ESG投資は、2006年に国連が「責任投資原則(PRI)」を提唱したことをきっかけに注目を集め出しました。

過去に投資への短期的なリターンを追求したことから金融危機を引き起こした経緯を踏まえ、世界的な労働環境の変化や気候変動などのリスク対応を含む、企業の持続可能性を評価する投資へと移行しています。

特に、「Social(社会)」には女性活躍推進や労働環境の整備などの人に関わる内容が含まれているため、人的資本の情報開示がますます重視される流れです。

無形資産の価値の高まり

かつては財務資本などの有形資産が企業の価値を測る要素でしたが、近年技術革新が急速に発展しているなか、人を無形資産と捉える人的資本の考え方が企業価値に影響を与える要素となってきています。

超高齢化社会化による労働力不足

超高齢化が進む日本では、労働力不足が社会問題となっています。そのようななか、企業が人的資本経営を行うことで労働生産性を高め、企業価値の向上を目指すことが必要と考えられています。

ダイバーシティ経営の広まり

グローバル市場での競争が激化するなか、企業は多様な人材を確保・育成していく必要があります。人材をうまく活用して価値を生み出し、それらを人的資本の取り組みとしてステークホルダーや投資家にアピールしていくことが今後ますます求められるでしょう。

人的資本の情報開示の世界の動向

欧州や米国では日本よりも早く、人的資本の情報開示が義務化されています。

欧州では2014年から「社会・従業員」を含む情報の開示が義務化され、米国では2017年に人的資本に関する開示基準策定の申し立て、2020年8月に米国証券取引委員会において情報開示を義務付ける項目を追加しました。2020年11月から、上場企業は情報の開示が義務付けられています。

日本における人的資本情報開示の動き

日本では、2023年から人的資本の情報開示が本格化します。ここでは、これまでの日本における情報開示に関する動きを見ていきましょう。

「人材版伊藤レポート」の発表

「人材版伊藤レポート」とは、2020年9月に経済産業省が公表したレポートです。レポートには人的資本の情報開示に関する基準や指標、人的資本経営に向けたアイデアなどがまとめられており、人的資本経営を推進したいという企業の参考になるでしょう。レポート発表以降、人的資本の情報開示にさらに注目が集まり、自社の課題と向き合う企業が増えました。

東京証券取引所のコーポレートガバナンス・コード改訂

「コーポレートガバナンス・コード(企業統治指針)」とは、取締役会など会社を監視する組織のあるべき姿や企業としての望ましい関係性などを記したものです。企業が株主や顧客、社員、地域社会などと関係を築くうえで、公正で迅速な意思判断ができるようその仕組みが記されています。

2015年に金融庁と証券取引所によって原案が公表され、2021年6月に証券取引所はこれを改訂。人的資本の情報開示に関する3つの補充原則が新設されました。

内閣官房の「非財務情報可視化研究会」の始動

2022年2月から、内閣官房では「非財務情報可視化研究会」が定期開催されています。

この研究会は人的資本を含む非財務情報の開示ルールの策定・指針を方向づけることを目的としています。日本における人的資本やその情報開示の現状や課題、海外での動向などを踏まえながら、国内の人的資本情報開示の基礎を整えている会議です。

経済産業省の「非財務情報の開示指針研究会」の始動 

2021年6月には、経済産業省の「非財務情報の開示指針研究会」が始動しました。ESG情報などの非財務情報の開示が世界的に推進されているなか、開示指標を議論する場となっています。

政府の支援策「人への投資」拡充

2022年10月、岸田首相はリスキリングの重要性を考えるシンポジウムにおいて、学び直しへの積極的な取り組みを呼びかけました。そのなかで、これまで3年で400億円としてきた人への投資関連の政策を、5年で1兆円に拡充する方針であると述べました。

リスキリングとは、社会人が市場のニーズに対応できるようあらたなスキルを身につけることを指します。スキルや能力の高い人材に、今後成長がより望める産業へスムーズな労働移行を促し、社会全体の生産性の向上につなげる狙いがあります。

人的資本情報開示の7分野19項目とは

内閣官房が公表した「人的資本可視化指針」では、人的資本における望ましい開示項目として、7分野19項目が示されました。

分野項目
人材育成リーダーシップ/育成/スキル・経験
多様性ダイバーシティ/非差別/育児休業
健康・安全精神的健康/身体的健康/安全
労働慣行労働慣行/児童労働・強制労働/賃金の公正性/福利厚生/組合との関係
エンゲージメント従業員満足度
流動性採用/維持/サクセッション
コンプライアンス法令遵守
出典:内閣官房|人的資本可視化指針

開示が望ましいとされている7分野19項目の内容について確認していきましょう。

1.人材育成 

人材育成の分野では「リーダーシップ」「育成」「スキル・経験」に関する情報開示が求められています。後継者の育成やスキルアップへの取り組みなどをはじめ、優秀な人材を維持するためのシステムなど、人材育成に関する情報も含みます。

2.多様性

多様性の分野には「ダイバーシティ」「非差別」「育児休業」の項目があります。性別や人種・国籍などが異なる多様性のある人材の受け入れ状況、女性管理職比率、男女賃金格差、男性育児休暇取得率などの情報開示が求められています。

3.健康・安全 

健康・安全の分野には「精神的健康」「身体的健康」「安全」の項目があり、労災発生件数・割合やニアミスの発生率、従業員の欠勤率、医療・ヘルスケアサービスの利用適用範囲などが含まれます。

リスクマネジメントの観点から、従業員の身体的・精神的健康や安全に関する情報の開示が求められています。

4.労働慣行 

労働慣行の分野では「労働慣行」「児童労働・強制労働」「賃金の公正性」「福利厚生」「組合との関係」に関する情報開示が必要です。

具体的な項目には、賃金の公正性や不正労働の有無、福利厚生の種類・内容、組合との関係性などがあります。従業員や取引先と公正かつ適正な関係が結べているかなどを測る、企業の社会的信用に関する大切な項目の一つです。

5.エンゲージメント

エンゲージメントの分野では「従業員満足度」の項目が挙げられています。

従業員が仕事内容や労働環境、働き方に満足できているか、やりがいを持てているかなどを測る項目です。企業への帰属意識や企業への不満、ストレスの度合いなども開示が求められており、ストレスチェックやサーベイなどを活用して数値化することが必要でしょう。

6.流動性

流動性の分野には「採用」「維持」「サクセッション」の項目があります。具体的には、離職率や採用コスト、新規雇用の総数・比率、人材の定着や維持に関する取り組みなどに関する情報開示が必要です。

7.コンプライアンス

コンプライアンスとは「法令遵守」を指し、法を守り、社会的規範や倫理に基づいて企業活動を行えているかを測る項目です。業務停止件数や苦情件数、差別事故の件数・その対応措置などに関する情報開示が求められます。

国際的なガイドライン「ISO30414」とは

2018年12月、国際標準化機構(ISO)は、人的資本に関する情報開示のガイドライン「ISO30414」を発表しました。

ISO30414は人的資本に関する報告のための指針であると同時に、組織に対する人的資本の貢献を測り、透明性を高めることを目的としています。また、事業の規模やタイプ、性質などにかかわらず、すべての企業に適用できるガイドラインとなっています。

日本でも上場企業で一部情報の義務化が始まる

欧州や欧米ではすでに行われている、人的資本情報開示の義務化が日本でも開始します。ここでは、その時期や対象者などについて見ていきましょう。

2023年度より義務化開始 

日本では、2023年3月期決算から人的資本情報開示の義務化が始まります。対象企業は、毎年度終了後の3カ月以内に必要事項を記載した有価証券報告書を提出する必要があります。現時点で記載が義務付けられているのは、以下の5項目です。

  • 人材育成方針
  • 社内環境整備方針
  • 女性管理職比率
  • 男性の育児休業取得率
  • 男女間賃金格差

新しくサステナビリティ(持続可能性)に関する記載欄が設けられ、人材育成方針と社内環境整備方針に関しては方針の指標・目標の開示が必要です。

上場企業約4,000社が対象

人的資本情報開示義務化の対象となるのは、金融商品取引法第24条「有価証券を発行している企業」となり、上場企業約4,000社が対象です。具体的には、以下の条件を満たす企業となります。

  • 上場企業
  • (非上場の場合)店頭登録されている有価証券の発行者
  • 「半年間で50名以上への勧誘」「年間で累計1億円以上の募集を行う」予定、かつ有価証券届出書または有価証券通知書を提出する有価証券の発行者
  • 所有者が1,000人以上いる株券等の発行者

対象となる企業は、あらかじめデータ収集・分析などの準備が必要になるでしょう。対応しない場合は罰則を受けるため注意が必要です。

人的資本情報の開示を行う際のポイントや注意点

ここからは、効果的な情報開示を行うためのポイントや注意点について解説します。

開示する情報は戦略的に精査・可視化する

開示する情報は、あらかじめ戦略的に精査・可視化しておく必要があります。

ステークホルダーに求められている情報をしっかりと整理できていれば、情報を開示しやすいうえに納得してもらいやすいでしょう。また同時に、自社の強みを発見できる可能性もあります。

企業優位性を意識した開示を行う

他社との差別化を図るためには、自社に有利な項目の開示や自社の特徴・個性に紐づいた項目を選ぶようにしましょう。働き方改革やリスクマネジメントなどのステークホルダーが比較検討しやすい項目だけでなく、企業独自の戦略といった企業優位性を出すことが重要です。

また、開示する情報にはストーリー性を持たせることもポイント。ただ結果を示すだけでなく、取り組み内容によってどのような変化を起こせたかなど、企業の取り組みを具体的に伝えると効果的です。

人的資本情報は数値化する

人的資本情報はできるだけ数値化し、定量で示すようにしましょう。数値化することにより、目標と現状の差が明確になるなど内容に説得力を持たせられます。

また、データは数値化して終わりではなく、継続的に分析することも重要です。分析により目標と現状の差が可視化され、自社の問題点や強化すべきポイントが把握できます。情報開示のためだけにとどまらず、人的資本経営を軌道にのせるためにも欠かせないアクションです。

人的資本情報の開示を行う手順 

ここでは、企業が人的資本情報の開示を行うための手順を紹介します。

自社の人的資本情報を正しく計測する 

まずは、自社の人的情報を正しく計測・把握することが必要です。ステークホルダーに説得力を持って自社の状況を伝えるためには、自分たちでまず情報を精査する必要があるでしょう。

開示項目を決める

続いて、開示する項目を決定します。項目は単なる数値ではなく、企業の成長に関連づけられるストーリー性があるか、競合他社での開示事例が少ないかなども意識して選択するとよいでしょう。

開示項目が決まったら、開示に必要なデータの収集を行います。

KPI・目標を設定する

情報がある程度整理できたら、続いてKPI・目標を設定します。人的資本の情報開示はただ開示することだけが目的ではありません。開示を一つのきっかけとして、企業価値の向上に取り組む姿勢が求められます。

理想とする目標をできるだけ明確にし、それに見合ったKPIを設定することで、目標達成までぶれずに進むことができるでしょう。

情報開示後は検証と改善を行う

情報を開示したらそれで終わりではなく、検証と改善を行う必要があります。なかには新しい施策に取り組んでも思うように成果が上がらないこともあるでしょう。その際には何が問題だったのかをしっかりと検証し、施策内容をブラッシュアップすることが重要です。

また、情報を開示することにより、ステークホルダーからフィードバックを受けられる可能性も。それらを参考にすれば、企業活動をより活性化できるはずです。

人的資本の情報開示を行なっている企業例 

ここからは、人的資本の情報開示を行なっている企業4つの事例を紹介します。

旭化成株式会社

旭化成株式会社は基本的な項目の情報開示に加え、サステナビリティの取り組みをアピールしています。

同社は「持続可能な社会への貢献による価値創出」「責任ある事業活動」「従業員の活躍の促進」の3点をサステナビリティの基本方針として定め、各種取り組みを推進しています。自社サイトでも、雇用形態別従業員数やグループ従業員数などの情報を積極的に開示しています。

オムロン株式会社

オムロン株式会社は、「企業理念の実践の拡大」「リーダーの育成と登用」「多様で多彩な人材の活躍」を3本柱にさまざまな施策に取り組み、関連する人的資本情報を開示しています。例えば、労働慣行や人権尊重などの社会問題に対し、ハラスメントなどの人権侵害へ対策プロセスを構築している旨を報告書にて示すなどです。

また、従業員エンゲージメントサーベイの回答率やコメント数、各従業員が「よりよい社会を作る」ために実施した取り組みを表彰する制度「TOGA ((The OMRON Global Awards)」に関する情報なども公開しています。

株式会社日立製作所

株式会社日立製作所は、サステナビリティ目標達成の重要なテーマとして「人的資本の充実」を掲げ、社会と顧客に価値を提供するとレポートで公表しています。

「多様性」「デジタル人材」「グローバル人材」などを軸とする人材戦略において、具体的には「従業員エンゲージメントスコア」「役員における女性や外国人の比率」「国内および国外のデジタル人財数」などの情報を開示しています。

伊藤忠商事株式会社

伊藤忠商事株式会社は「従業員の持続的な能力開発」を課題として掲げ、報告書に目標とアクションプランを明記しています。それに関連し、「エンゲージメントサーベイの結果」「女性総合職比率」「女性管理職比率」などの人的資本情報を公開。

また、独自の取り組みとして、「中国語人材の増強」「朝方勤務制度」などの施策も挙げています。

中小企業は人的資本の情報開示をする必要はない? 

人的資本の情報開示は、上場企業以外は義務ではありません。しかし、未上場企業である中小企業なども情報開示することでメリットを得られます。ここでは、中小企業が情報開示する必要性について解説します。

法改正に備えておく

2023年から始まる人的資本情報開示の義務化は大企業が対象ですが、中小企業も法改正に備えておく必要があります。2022年4月に施行、2022年7月に改正された改正女性活躍推進法では、常用労働者数101人以上の事業主には行動計画の情報開示が求められるようになりました。

自社の人的資本の情報を管理・開示しておくことで、将来的な法令変更にもスムーズに対応できるでしょう。

取引先選定で有利になる

中小企業が情報開示に対応することで、取引先の選定で有利になることがあります。昨今、ESGへの取り組みに力を入れる企業が増えていますが、その取り組みの一つにCSR調達があります。

CSR調達とは、企業がモノやサービスを調達する際に法令や社会規範の遵守といった基準も加え、それらを満たす企業を取引先として選定することです。

中小企業が大企業と取引するためには、大企業が求める基準を満たしていることを示すためにも、人的資本の開示を行うことが必要になってくるでしょう。

人材採用に活用できる

人的資本の情報開示は人材採用にも活用できます。求職者にとって「成長できる会社か」「働きやすい環境か」などは職場を選ぶうえで重要な判断材料です。

中小企業には給料が安い、労働時間が長い、研修制度が整備されていないといったイメージがついてまわりやすいものの、大企業にはない魅力を持つ企業は多数存在します。

自社の魅力をアピールできる人的資本情報を開示することで、自社に適した従業員を採用することができます。

人的資本の情報開示で企業の価値を上げよう

2023年には約4,000社の上場企業を対象に、人的資本情報開示が義務付けられます。

対象となる企業は開示情報が自社の経営戦略とどう結びついているかをしっかりと把握し、ストーリー性を持たせながら競合他社との差別化を図る必要があります。戦略的に、かつ積極的に情報開示を行う姿勢が重要です。

ステークホルダーを納得させられる情報を開示し、人的資本への投資がもたらす効果をわかりやすく示すことは、企業価値を高めることにもつながります。

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