優れた事業戦略も、人事制度も 生かすも殺すも「組織」次第~株式会社リンクアンドモチベーション 代表取締役社長 坂下英樹氏特別講演~

経営において、もっとも大切な要素はなにか? それは緻密な事業戦略でも、優れた人事制度でもありません。従業員エンゲージメントを軸にした“強い組織づくり”です。そこで8月の交流会では、㈱リンクアンドモチベーション社長の坂下英樹さんに講演を依頼。企業の組織変革をサポートする同氏に「モチベーションカンパニーをつくる3つのポイント」について語っていただきました。

【Profile】
坂下 英樹(さかした ひでき)
株式会社リンクアンドモチベーション 代表取締役社長
1967年、群馬県生まれ。1991年、株式会社リクルートに入社。人材総合サービス事業部にて、組織人事コンサルティングに携わる。2000年、創業メンバーとして、株式会社リンクアンドモチベーションの設立に参画。取締役に就任し、モチベーションマネジメント(組織戦略)事業部を立ち上げる。その後、「モチベーションカンパニークラブ」の立ち上げ責任者、モチベーションマネジメント事業部責任者、WESTカンパニー長、エントリーマネジメントカンパニー長などを歴任。2013年より現職。組織診断、理念策定・浸透、研修プログラム開発、人事制度の構築・運用、採用コンサルティングなど、多数のプロジェクト経験を有する。

チームの結束力を実感した原体験

本題に入る前に、印象深いエピソードをお話しさせてください。私は小学生の頃から野球を始め、中学の大会で強豪校との対戦が決まりました。その試合前、校長先生が野球部のメンバーを集めて、声をかけてくれたんです。「勝負の世界は強いものが勝つのではなく、勝ったものが強い」と。

相手チームには強打者もエースもいるけれど、勝負はやってみないとわからない。そんなメッセージだったのでしょう。結局、試合に勝ち、こんなことを感じたんです。チームの強さには表面的な要素以外に“なにか”がある。組織だからこそ、大きな成果を出せる場合があると。

そして、㈱リクルートを経て、リンクアンドモチベーションの創業に参画。企業の組織診断や組織変革をサポートするようになりました。転換点は2009年のリーマン・ショック。人材業界の企業が軒並み業績を落とすなか、当社の業績も約30%ダウンしました。サービスの重要性に自信を持っていたのに、コストカットの対象になったんです。

組織の強さと業績には相関性がある

そこで原点に戻りました。組織診断や組織変革の必然性を感じてもらうため、組織力と業績がつながることを証明しようと。そして、2009年、創業から蓄積してきたデータベースの分析を開始し、現在は慶應義塾大学(ビジネス・スクール岩本研究室)と共同研究。3,840社・90万人のデータを分析した結果、組織の強さと企業業績はリンクすることがわかりました。

―会場のスクリーンに「エンゲージメントスコアと売上・純利益の伸長率の相関性」を表すグラフが表示される

「エンゲージメントスコア」とは、チームの相思相愛度合い、組織の結節度合いを示す指標です。組織で問題が起きるのは、その関係が悪いから。上司やメンバーが嫌いだと、会社への貢献意欲が生まれません。でも、好きだったら違いますよね。互いにサポートし合うことが苦にならないでしょう。

実際、エンゲージメントスコアの上昇にあわせて、純利益の伸長率が高まる傾向があります。つまり、組織に一体感があると、営業利益が上がりやすい。要は、チームスポーツでも企業経営でも、組織づくりが極めて大事なんです。

ビジネスを成功させるカギは「事業優位性」×「組織優位性」

私たちはビジネス成功のポイントを「事業優位性」×「組織優位性」という関係式で整理しています。前者は、市場の成長性やビジネスモデル。後者は人材レベルや人材間の相互作用。この2つの要素がかけあわさってこそ、勝てる会社ができるのです。

次に※モチベーションカンパニー創りに向けた「人間観」を紹介します。これは行動経済学の第一人者、ダニエル・カーネマンの考え方。人間は完全合理的な「経済人」ではなく、限定合理的な「感情人」です。完全合理的な経済人とは、1円でも得をめざすような人ですね。

※モチベーションカンパニー:社員のモチベーションを成長エンジンとする会社。ここでは企業全般にあてはまる考え方を紹介している。

私たちは「経済人」としてのみで、服やカバンを買っているでしょうか? 確かに価格も気にしますが、まず好き嫌いで選びますよね。つまり、人は“勘定”ではなく、“感情”で判断する。これは組織マネジメントにおいても同様。「この人は嫌いだから、意見を聞きたくない」といった感情はあるものです。

4つの“感情報酬”で組織を束ねよ

組織を束ねる基本的な報酬は金銭です。ただし、私たちは限定合理的な感情人なので、“感情報酬”も大事。それは「①貢献欲求」「②承認欲求」「③親和欲求」「④成長欲求」を満たすための報酬です。それぞれの例は「①感謝の言葉」「②成果の表彰」「③良好なチームワーク」「④知識・技能の向上」など。これらの使い方次第でモチベーションも組織成果も変わります。

そもそも、金銭報酬には限界があります。仮に極端な歩合給制度を導入したら、人間関係がギクシャクしたり、お金をもらわないと動かない組織になったりするでしょう。だからこそ、再生可能な感情報酬を組織にあふれさせていくことが求められます。

続いて、モチベーションカンパニー創りに向けた「組織観」を紹介します。それは、組織は要素還元できない「協働システム」という考え方。組織は各要素がつながっているシステムであり、それぞれの要素を切ることはできません。したがって、組織の問題は個人ではなく、その“間”に生じます。

また、組織は相互につながりをもつ生命体のようなもの。その構造は「①免疫システム」「②消火システム」「③循環システム」「④代謝システム」という4つのシステムで成り立っています。それぞれを企業活動になぞらえると、「①人材採用」「②理念浸透」「③情報共有」「④人事異動・定年退職」などに該当します。

「モチベーションカンパニー」をつくる3つのポイント

モチベーションカンパニーをつくるためのポイントは「①共通の目的」「協働意思」「コミュニケーション」。この3要素を強化することで、健全で強い組織ができます。では、それぞれの強化法を説明していきましょう。

まず「共通の目的」とは、企業理念、ビジョン、戦略など。これらにおいて競合他社との差別化が重要です。具体例として、当社が支援した佐竹食品グループ(スーパーマーケット運営企業)の事例を紹介します。

 

―会場のスクリーンに、佐竹食品グループの社員総会の映像が流れる(以下、同社代表・梅原一嘉氏のスピーチを要約)。

私はビジョンや理念なんて大嫌いでした。そんな念仏を唱えて売上が上がるなら、苦労しません。でも、理念の大切さに気づかされる出来事があったんです。ある日、お店の売り場を見ると、傷んだアスパラガスが10円で売られていました。よく見ると、先端にカビが生えている。店長に確認すると、「安いからいいでしょう?」と。

これはアカン。このままじゃ、会社が潰れると思いました。当時は従業員数500名を超え、一人ひとりの顔と名前が一致しなくなった頃。会長が大切にしてきた商売の想いを伝えるため、半年かけて企業理念をつくりました。ここには、従業員に大切にしてほしい想いがぜんぶ詰まっています。

そこから「日本一楽しいスーパーをつくる」というビジョンを掲げ、理念経営が始まりました。すると、翌年にほとんどの店舗で売上がアップ。粗利益率も過去最高を記録しました。その後は週休一日から二日制になり、リフレッシュ休暇も導入。会社が大きく変わりました。これからも全員で力を合わせて、日本一楽しいスーパーをめざしましょう!

 

エンゲージメントを向上させ、日本一のモチベーションカンパニーへ

私が梅原社長と出会ったのは2008年。当時、佐竹食品グループのエンゲージメント・レーティングはCランクでした。そこで「日本一楽しいスーパー」への挑戦を提案し、2009年に企業理念やビジョンを策定。さまざまな組織施策を打つことで、少しずつエンゲージメントが向上し、2017年にAランクになりました。そして今年は「ベストモチベーションカンパニーアワード2018」で見事に1位を獲得しています。

いまや、佐竹食品グループは学生たちに大人気。関西の新卒採用は同業界で独り勝ち状態です。定着率も高く、業績もかなり伸びています。このように理念やビジョン、すなわち「共通の目的」をもつ意味は極めて大きいのです。

強化ポイント①「共通の目的」―アンチテーゼを盛りこむ

「共通の目的」を強化するポイントは、アンチテーゼを踏まえたオンリーワン性の訴求。佐竹食品グループの場合、効率化を追求するネットスーパーなどの利便性に対して、「楽しい場所(空間)」というアンチテーゼが入っています。続けて、他の事例も紹介しましょう。

<アサヒビールの経営理念>

アサヒビールグループは、最高の品質と心のこもった行動を通じて、お客様の満足を追求し、世界の人々の健康で豊かな社会の実現に貢献します。

この理念のポイントは、ビールに“品質”という概念を持ちこんだことです。当時の業界トップはキリンビール。その状況を逆転するため、アサヒビールは事業戦略を転換しました。大量生産によるコスト優先策から舵を切り、品質と鮮度を徹底的に追求したのです。これが「アサヒスーパードライ」躍進の要因ですね。

強化ポイント②「協働意思」―モチベーションの向きを一致させる

モチベーションカンパニーをつくる2つめのポイントは「協働意思」です。平たくいえば、従業員のモチベーション。その高低よりも方向性が重要です。協働意思の強化策として、当社の事例を紹介します。

全社一丸となった新卒採用

人事部や採用チームだけでなく、全社員を採用活動に関わらせています。そのために、リクルーターハンドブックを作成。社員たちが「一緒に働きたい」と感じ、組織の一員としてのモチベーションをもつ人材を採用しています。さらに、内定者はアルバイトとして現場に配属。密なコミュニケーションをとり、会社の考え方を刷りこんでいます。

全社対象の人材育成機会の提供

サーベイフィードバックによる「スタンス向上研修」を行っています。社長の私も例外ではありません。経営トップとして、役員や社員から何を期待されているのか? 診断結果から役割期待を確認して、ギャップを埋めるように改善しています。

先ほど紹介した佐竹食品グループの場合、「共通の目的」にそって人材育成のアプローチが変わりました。従来はオペレーションの徹底を重視していましたが、いまは独自のイベントやサービスを立案できる現場社員の育成に取り組んでいます。採用競合も、同業種からテーマパーク業界などへ変わりました。

このように、モチベーションの高さだけではなく、組織として求められるモチベーションの向きが大事です。まとめると、「共通の目的に対する共感者の採用と共感度を高める育成機会の創出」が強化ポイントになります。

強化ポイント③「コミュニケーション」-設計された施策を継続する

モチベーションカンパニーをつくる3つめのポイントは「コミュニケーション」。企業経営においては、「共通の目的」達成に向けた「協働意思」を束ねるための手段です。これを強化するカギは、中間管理職の登用・育成にあります。

仕事ができるからといって、安易に管理職にしてはいけません。重視すべきなのはプレイヤーとしてのスキルよりも“コミュニケーションの結節点”として機能するかどうか。部下から嫌われていたり、信頼不足だと、会社の方針が適切に伝わらなくなってしまいます。結節点の機能を強化する具体策として、当社の事例を紹介しましょう。

日常業務の判断基準、よりどころを定めた指針

経営陣がやってはいけないことを「LM-G 経営十戒」として明文化しています。マネジャー向けには「LMマネジャースタイル」を作成。さらに、求める人材像などの「人事評価ルール」を定めています。

「コミュニケーション」の強化ポイントをまとめると、施策の量だけでなく、誰と、何を、チューニングするのかが大事です。そして、設計されたコミュニケーション施策を有機的に実行し続けることが重要。施策をやればいいわけではありません。

組織力は数値化できる。定期的に点検し、適切な改善策を打て

モチベーションカンパニーをつくる3つのポイントは「共通の目的」協働意思」「コミュニケーション」。これらの要素をバラバラに強化するのではなく、それぞれの施策を有機的につなぐことが大切です。

そして、3要素の相互作用から生まれる組織力(モチベーションカンパニーの度合い)を測定したものが、エンゲージメントスコア。PLやBSと同じく、企業の重要指標です。この数値が低い場合、コミュニケーションがネガティブな状態に陥っています。組織の状態を定期的に点検し、適切な改善策を実行してください。

ビジネスを成功させるカギは「事業優位性」×「組織優位性」です。組織優位性がなければ、優れた事業戦略も人事制度もうまくいきません。それは戦略や制度自体が悪いのではなく、組織との関係に問題があるから。ご来場のみなさんも3つのポイントを押さえて、組織力を測るモノサシを活用してください。本日はありがとうございました。

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